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わが子の成長記録をつづっていたら、いつの間にか自分のダイエット日記に変わってる(笑)そんなゆるいブログをちまちま更新中です(・∀・)b

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芸能

マガト隊長

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先週のアニメ進撃の巨人 FINAL第2シーズン、後らせばながら視聴しました。マガト隊長がさっきまでは敵だったエルディア島の旧イェーガー派の全員にたいして、ふかぶかと頭を下げていました。

自分が間違ってるのを取り繕うために正義を語るなんて恥ずかしい

自分の非を認め清く謝罪をする様子にアニメとはいえドキッとしました。本当に潔くてかっこいいなと思いました。
自分の非を認める。私は間違っていましたと相手に言う。一見恥ずかしいと思ってしまうこの行為になぜかっこよさを感じるのだろう?

まずもって、自分の非を認めるということは、誰にとっても難しいことのはず。
そもそも自分の間違いは認めたくないのが普通。自信を無くすし、相手から非難されることだってある。
もしかしたらそれは、相手が間違いを認める=自分が正しかったと認める、ということでありでも、それを認めることで、って日常放置車両交通違反をしている車両を着手していて戻った運転手相手の謝罪が結果として自分の正当性が認められたこと、それも以前否定された相手に認められたという事実に心を揺さぶられるのでは?
と思いました。
人生長く生きていれば、そりが合わないやつの一人や二人いるものです。私にもいます。
ですが、その相手が、突然自分の目の前に現れて、真剣な表情で過去自分に行ったもろもろの避難を間違っていたと謝罪されたらどうだろうか?

今の私なら心揺さぶられると思います。

ただ一言の謝罪。それだけで、過去を清算していいのか?冷静に考えるとそうでしょう。でもそもそも相手が自分に火を認めることなど想像だにできなかった。ならどうか?時空を超えて自分の意図、思い、姿勢というものが相手に理解されたんだな。そんな感じかも。

ただ、かっこいいとは思わないと思う。それは直接の当事者だからか?
かっこいいっていう感情は、一歩引いた距離感から相手を客観的に評価した場合の感情なのかもしれませんね。

PS

このマガト隊長 86話でキース教官とともに死んじゃうんだよなぁ。

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さて、昨日(金曜日)の朝食です。

大盛キャベツサラダ、糠漬け、おからパウダーと白ごま入りヨーグルト

この日、ママちゃんが3度目のワクチン接種で夕飯なし(腕が痛くて作れない&私もプチ断食のいい機会と思って夕食なしとしました)

結果です。

 

体重:65.45
対前日:0.75
対スタート時:+0.40

食事の後に、ちょっと休憩と称してネットサーフィンしたり動画見たりマンガ読んだり。
これ変えてみるかなぁ~ってやってみたら、意外とできるもんです。
で、できた自分がうれしくて、それで今でも継続しています。
やる前から無理って思わなければ考えてる以上に自分ってできるじゃないって思いました。
こんなんでも1%の成長になるよね。
それが毎日のことなら一年でとてつもなく成長できますよ。

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